今日は休み!

皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
僕は今日は店の仕事は休みです。
店自体は年中無休(除元日)でやってますので、
スタッフは各自交代で休みを取っており、僕は毎週金曜日が休みです。
ただ今週は明日から四日間セールを実施する関係上、
振り替えで今日が休みになりました。
とはいえ店の仕事以外にも色々とやる事、考える事が山積みで、
休みが休みにならないことの方が多いですけれど。
今日は何を書くか?取りあえずなんにも考えずにパソコンを開きましたので、
これからどういう方向に話が進んで行くか判りません。
成り行き任せということで・・・


ラジオからは、先日僕自身も出演させていただいた
RKBラジオの「歌謡曲ヒット情報」が流れています。
明日は石原裕次郎さんの命日ということで、特集が組まれているようです。
裕次郎さんのレコード売り上げNo.1の曲として、
「銀座の恋の物語」が1曲目に流れました。
レコード売り上げの記録としては、オリコン・チャートが一般的ですが、
同チャートの正式スタートは1968年のことであり、
(試作チャートの作成は前年から始まっていましたが)
「銀恋」がヒットした1961年には、まだオリコン・チャートは有りませんでした。
所属レコード会社の発表によると、売り上げは335万枚ということで、
1968年以降のオリコン発表の売り上げで、これを上回っているのは、
およげ!たいやきくん」のみということになります。
まあ単純に比較は出来ませんが、少なくとも「銀恋」が
当時特大ヒットだったことは間違いないでしょう。


僕が裕次郎さんの曲を初めて聴いたのは、
テレビの「TBS歌謡曲ベストテン」での「二人の世界」だったと思います。
大人気番組となった「ザ・ベストテン」よりも遥か前の時代に存在した、
テレビのベストテン番組の草分けが「TBS歌謡曲ベストテン」です。
この番組で「二人の世界」は、なんと半年近くに渡ってベストテン入り、
番組自体は1年半で終了し、「歌のグランプリ」へとリニューアルしますが、
その間で最も長くベストテン入りしたのが、この「二人の世界」でした。
ところが裕次郎さんご自身は、このベストテン形式に疑問を持っておられたようです。
ベストテンに入っている間は出演依頼があるのに、
ベストテンから落ちた途端に出演依頼がなくなることになります。
後の「ザ・ベストテン」でも、この点は番組スタートにあたっての大きな課題であり、
郷ひろみさんのように、自分の曲をランク付けされる事への疑問から、
出演を辞退するようになったケースもあります。
裕次郎さんも「二人の世界」がベストテンから外れて以降、
「夜霧の慕情」「逢えるじゃないかまたあした」と、
当然ベストテン入りしておかしくない大ヒットがあったにも関わらず、
番組に出演しなかった時期がありました。
おそらくご本人が出演を辞退していたのでしょう。
次のヒット「こぼれ花」から、再びベストテンに出演するようになりました。
裕次郎さんは、あの「NHK紅白歌合戦」にも、再三の出演依頼にも関わらず、
「自分は歌手でなく、俳優だから」という理由で、一度も出演せず、
年末年始はハワイで過ごすのを常としていましたね。
なお「TBS歌謡曲ベストテン」は、僕が歌謡曲を聴くきっかけとなった
番組でもあるので、改めて詳しく書いてみるつもりです。