そういえばボサノバ・・・

暑いけど・・・暑いけど・・・
でもここ2〜3年の猛暑に較べれば、まだ許せる程度かも知れません。
店の昼休みなどに、去年の自分の番組の同録を聴いてみて、
そういえば去年の夏頃はボサノバをかなり聴いていて、
僕の中でヘビーローテーションになってたのを思い出しました。
去年のような猛暑日続きの夏は、少しでも暑さをクールダウンさせたいのと、
それに加えて去年はボサノバ生誕50周年ということもあって、
番組でも頻繁にボサノバのナンバーをかけてましたね。
まあ、アントニオ・カルロス・ジョビンとかスタン・ゲッツ等の大御所はもちろん、
セルジオ・メンデスの無名時代のデビューアルバム、
セルジオ・メンデスの奥さんが在籍したボサ・リオ
日本では「ワン・ボーイ」「すてきなメモリー」で知られるジョニー・ソマーズ、
はたまた加山雄三、ユキとヒデといった和製ボサノバ等々・・・。
そんな時に限ってトークの方は、
やれ「使ってみたい武士語!」だの「鬱陶しい相手の態度!」だの、
およそ音楽と似つかわしくない話題を取り上げる事が多かったですが。(笑)
それにひきかえ今年は冷夏の影響もあってか、ボサノバそんなに聴いてないですね。
遅ればせながら、また聴きたくなっちゃいました!


せっかくですから、日本でのボサノバ状況についてもちょっぴり書きますね。
1963年前半に、ポール・アンカの「ボサノバでキッス」、
イーディ・ゴーメの「恋はボサノバ」が相次いでヒット。
一方日本では梓みちよさんをボサノバ娘に仕立てようとしたのか、
「ボサノバでキッス」のカバーでデビューしたもののパッとせず、
ボサノバ・ブームを狙った戦略は失敗に終わりました。
梓みちよさんはその後、田辺靖雄さんとのMYカップルで「ヘイ・ポーラ」がヒット、
そして発売したばかりの「こんにちは赤ちゃん」で、
アッという間に日本レコード大賞を受賞します。
1964年にはスタン・ゲッツジョアン・ジルベルトの名作アルバム
「ゲッツ〜ジルベルト」がリリースされ、
ここから「イパネマの娘」がシングルカットされますが、シングル・ヴァージョンは
アストラッド・ジルベルトのヴォーカル部分以外をかなりカットしてのリリースで、
全米5位を記録、グラミー賞の最優秀レコードにも輝きました。
日本でも翌年には各番組でベストテン入りを果たしていますが、
日本ではアストラッド・ジルベルトの「イパネマの娘」という認識でした。
1966年の後半に全米で47位まで上がった、セルジオ・メンデスとブラジル'66の
「マシュ・ケ・ナダ」が日本では翌年にかけてかなりのヒットを記録。
その後も安定した人気を保ちますが、より日本で大きなヒットとなったのは、
前述の弟分バンド、ボサ・リオの「サン・ホセへの道」でしょう。
バート・バカラック作の大傑作で、アメリカではディオンヌ・ワーウィック
ヒットを記録していますが、日本ではやはりボサ・リオです。
後にセルジオ・メンデスの奥さんとなるグラシーニャ・レポラーセが人気でした。


その後しばらく日本でのボサノバの扱いは、一部のファンのみの間での人気といった感じで、
大きく取り上げられることは殆どありませんでした。
しかし1990年代に入って、ソフトロックやラウンジ・ミュージックがブームとなり、
ボサノバがにわかに注目を集めるようになりました。
更に癒しの音楽としての効果も加わり、今やビーチ・ボーイズやレゲエなどと共に、
夏に聴きたい音楽としての定番の位置を保ち続けています。
ボサノバの大御所たちの超名盤から、
ボサノバ・テイストを持ったロック・ポップス系の名曲、
更には隠れ名盤から和製ボサノバまで、
まだまだ暑い夏を少しでも涼しく出来るよう、
またご紹介して行きましょうね。
夏だけじゃなくて、一年中楽しめる音楽であるのはもちろんですが。
更に贅沢を言うなら、爽やかで優しい声の女性DJの曲紹介で聴ければ、
間違いなく癒し効果100%ですね。